2019年 03月13日 15時04分 配信

大学スポーツの見本となる硬式野球部へ

健全化 硬式野球

硬式野球部の目指す『主体性』、監督のビジョン

 一般的な野球部というと、監督の熱血指導のもと、朝から晩まで人一倍声を出したり、打球を追ったり、素振りをしている学生の姿が想像される。だが、筑波大は違う。練習メニューを作ったり、トレーナーとして選手のケアをしたり、データ分析を行って現場に落とし込むといった一連の作業は「全て学生たち」で行なっている。 川村卓監督(体育系・准教授)は「日本の野球の特性ともいえる、やっている子たちがやらされている環境を変えたかった。自分たちで考えてやる『主体性』が筑波大の強み」と自負する。川村監督は練習中、基本的にグラウンドの脇で選手たちを観察に徹していた。  「社会を引っ張るリーダーを育てたい」。これが川村監督のビジョンだ。「自分の意見を発信でき、同時に人の意見も聞ける人材が社会に求められているのではないか」。硬式野球部で培われる『主体性』はまさにこれとイコールだ。

限界だった運営体制

 硬式野球部の部員数は140人以上にもおよぶ。この大人数が限られた空間と時間で練習を行うことには限界があった。また、監督やコーチが不在の時間が必ずあり、屋外スポーツでは特に注意とされる熱中症や、ボールや人の衝突等の対応を学生に任せなければならない状況。さらに会計を担当する部員は自宅で多額の部費や遠征費を管理する時があり、「口座カードや通帳を抱いて寝ないと不安になってしまうほどだった」という。川村監督は「安心で安全な環境の整備ができないのはわれわれの責任。そのような日々に困っていた時に、アスレッチックデパートメント(AD)の設立があり、迷わず加入を決めた」。

アスレチックデパートメントとの連携、高まった『主体性』

 ADへの加入で大きかったのが、まず安全・安心の徹底が図られたこと。特に今年は例年の夏よりも暑く、熱中症が心配された。そこで、学生たち、監督、ADが協議し12時から15時の練習を禁止、1日の練習時間を制限した。全体休憩や水分補給も20分に1回行うことも決め、さらにADが練習後の「アイスバス(水風呂)」も用意した。その結果、熱中症は激減。学生たちは「休みも成果だ」と合理性を追求するようになった。

加えて、ハンドボール部と連動して選手を見てくれるアスレチックトレーナーの帯同は大きかった。これまではケガをした後のケアを学生トレーナーが勉強を兼ねて対応していたが、アスレチックトレーナーが帯同することでケガを未然に防げた。主将の福永大貴(体専4年)は「今年は体調不良者やケガ人がほとんどいなかった。これが秋に結果を出せたことにつながっている」と手応えを口にした。選手だけでなく学生トレーナーにとっても、専門知識の持ったトレーナーの帯同はいい学習の機会となっている。

AD設立一年目で「12年ぶり」の明治神宮大会の出場

 今年の春季リーグは4位に終わり、川村監督も「正直、今年は厳しいのではないか」と感じていた。だが、秋シーズンから躍動、首都大学リーグを2位で終えると、その後の横浜市長杯の2回戦で打線が爆発し、9─0で勝利。そして、遂に明治神宮大会出場をかけた準決勝、対戦相手は強豪神奈川大学。そして、なんとこの試合で唯一のヒットとなった中島準矢(同4年)のホームランが決勝点となる1─0の大激戦で12年ぶりの明治神宮大会の出場を決めた。

強力な投手陣とアスレチックデパートメント。新たな挑戦へ。

 12年ぶりの明治神宮大会出場の背景には2つの要素がある。1つがアスレチックデパートメントと連動した改革。そしてもう一つが強力な投手陣の存在だ。横浜市長杯での大事な一戦を7回0封に抑え、敢闘賞を受けたエース村木文哉(2年、静岡)。秋の首都大学リーグでは「抑え」としてベストナインに選出された加藤三範(2年、花巻東)。更に、スーパールーキーとして首都大学リーグでは「25回を投げて自責点ゼロ」の驚異的な数字を残した佐藤隼輔(1年、仙台)。

 このような最強の投手陣に、アスレチックデパートメントの安全対策や広報の最大化が加わり12年ぶり明治神宮大会を経験したばかりの筑波大。

『あるべき学校スポーツの姿』の目指す彼らの挑戦はまだ始まったばかりだ。